勝負を降りず、スタートラインに立つ
中海OWSの開催が近づくにつれ、台風と梅雨前線の影響で大会開催そのものが危ぶまれた。
開催の見込みとなってからも、今度は愛知県から鳥取県までの交通機関が運休する可能性があった。
それでも、私の考えは変わらなかった。
開催されるのであれば、何としてでも会場へ向かう。
新幹線が止まるなら夜行バスでもいい。
時間はかかっても、スタートラインには立つ。
そのつもりで移動手段を考えていた。
私にとっての勝負は、他の選手に勝つことだけではない。
積み上げてきた成果を出し切れるか。
自分の意思で日本選手権への挑戦を諦めず、スタートラインに立てるか。
その勝負だった。
だから、自分から挑戦を降りるという選択だけはしたくなかった。
大会前には、エントリーリストから出場選手の実績や競泳タイムをリサーチし、自分のおおよその立ち位置を分析していた。
もちろん、日本選手権出場権を獲得する3位以内に入りたい気持ちはあった。
しかし、「入りたい」という気持ちと、「現時点で入れる実力があるか」は別の話だ。
気合いや根性だけで埋められる差ではない。
現実的な目標は、オーシャンズカップ出場権獲得(日本選手権トライアルの部8位以内)。
その目標を達成し、積み上げてきた巡航力がどこまで通用するのかを確かめるレースが始まった。

レースはスタート前から始まっている
コースを読む
中海OWSでは、前日の試泳はなく、当日もコースを1周できる試泳は行われなかった。
そのため、レース前に水面からブイや目標物を確認することはできない。
だからこそ、陸上からできる限りコースを確認した。
まずは護岸から第1ブイ越しに第2ブイを確認し、泳ぐ方向の延長線上にある目標物を探す。
中間ブイが直線上から少しずれて設置されていることも確認した。
続いて、第3ブイ付近から第2ブイ方向を確認した。
ここはレースでは泳ぐ方向と逆になるため、ブイの延長線上に立ち、後方に見える目標物を確認しておく。
レース中はブイだけを見るのではなく、陸上の目標物を目印に泳ぐことで、より正確なコース取りができる。
水面は穏やかだったが、流れは確かにあった。
OWSでは流れの向きや強さがレース中に変化することも珍しくない。
そのため、動かない陸上の目標物を事前に確認しておくことが重要になる。
日本選手権出場を目指すTさんともコースを確認し、お互いの認識を共有した。
試泳でコースを1周できる大会では、水面から見える景色やブイを回る角度、目標物の位置まで確認しておくことをおすすめしたい。
レース中の前方確認に余裕が生まれ、自信を持ってコースを泳ぐことにつながる。

情報を集める
OWSでは、実際に泳いだ選手しか分からない情報がある。
今回も、先に行われた1kmの選手にクラゲの状況を確認した。
中学生の選手が丁寧に教えてくれたおかげで、レース前に心の準備をすることができた。
情報を集めることも、レース準備の一つだ。
水温やクラゲ、流れの状況など、気になることがあれば積極的に聞いてみることをおすすめしたい。
また、大会によってはアップを兼ねて1kmへエントリーするのも一つの方法だと思う。
実際にコースを泳ぐことで、ブイまでの距離感や目標物の見え方、流れの影響を体感できる。
陸上からコースを確認するよりも得られる情報は多く、本番の5kmでは大きなアドバンテージになる。
OWSでは、泳力だけでなく、事前にどれだけ情報を集められるかもレースを左右する要素の一つだ。
レースの準備を整える

OWS大会の楽しみの一つは、全国の仲間と再会できることだった。
レース前には近況を報告し合い、写真を撮り、自然と笑顔になる。
そうした時間もOWSの魅力の一つだと思う。
しかし、この日は楽しむだけでは終われないレースだった。
仲間との時間を楽しみながらも、どこかで気持ちを切り替え、自分のレースに集中しなければならなかった。
今回は家族のサポートはなく、受付から時間管理、アップ、ワセリン、レースまで、すべて自分一人で準備する必要があった。
南紀田辺OWSではワセリンを塗り忘れ、静岡お茶OWSでは召集所でワセリンがゴーグルに付着してしまい慌ててゴーグルを交換した。
どちらも小さなミスだったが、レースでは確実に影響する。
同じ失敗は繰り返さない。
その意識を持って、一つひとつ確認しながら準備を進めた。
今回、新たに取り入れたことがある。
それは、ホテルでレース水着を着用してから会場へ向かったことだった。
乾燥した環境のため水着を履きやすく、正しい位置までしっかり着用できる。
そして、ホテルには砂がないため、水着の中に砂が入る心配もない。
会場で着替える時間も必要なくなり、レース前の時間にも余裕が生まれた。
レース当日に慌てないためには、準備で慌てないこと。
小さな積み重ねに思えるかもしれない。
しかし、その一つひとつがスタートラインに立った時の安心感につながる。
私にとって、レースはスタートの合図が鳴る前から始まっていた。
第1ブイ後、第1集団についていくべきだったのか

スタートはフローティングスタート。
事前にリサーチした実績や競泳タイムから、自分より速い選手の位置は把握していた。
スタート位置は、その選手たちの真横ではなく少し後方を選んだ。
序盤からドラフティングを使い、まずはレースの流れを見極める作戦だった。
スタート直後のペースは速い。
それでも第1ブイまで約150m、この距離であればついていくことはできる。
体感では100m1分20秒前後のペースだったと思う。
第1ブイを回ると、インコースを泳いでいたこともあり、一瞬先頭に立つ形になった。
しかし、その直後、日本選手権出場経験のある女子選手がイン側からスッと前へ出ていった。
その泳ぎを見た瞬間、このペースで5kmを泳ぎ切ることはできないと判断した。
スタートから約200m。
私はペースを落とし、第1集団を見送った。
結果として、第1集団が先行し、私は第2集団の先頭を泳ぐ展開となった。
レース中は、この判断が正しかったと思っていた。
しかし、レース後にTさんと振り返ると、第1集団は形成された後、しばらくして巡航ペースまで落ち着いていたという。
もちろん、第1集団の巡航ペースでも私より速い。
それでも、「あと100mだけ」「あと第2ブイまで」粘っていたらどうなっていただろうか。
そんな新たな課題が生まれた。
一方で、第2集団の先頭を泳ぐことは想像以上に負担が大きかった。
前方確認を繰り返しながらペースを作り、後続選手を引っ張る役割になる。
対して、第1集団の後方につくことができれば、ドラフティングの恩恵を受けながら前方確認の回数も減らせる。
第1集団についていくことと、第2集団を引っ張ること。
どちらが正解だったのか、その答えはまだ出ていない。
ただ一つ言えるのは、この判断を次のレースでもう一度検証したいということだった。

ひとりで泳ぐ難しさと集団戦略
2周目に入った頃から、第2集団で泳ぐ学生選手達のコース取りが気になり始めた。
第1ブイを回り、第2ブイへ向かうと、その選手達は明らかに私より左側を泳いでいた。
中間ブイからも離れ、泳ぐ方向に対して右から左へ流されているように見えた。
おそらく、2周目に入り流れが少し強くなってきたのだと思う。
OWS経験の浅い選手によく見られるが、競泳で高い泳力があっても、流れへの対応は別の技術になる。
プールでは、まっすぐ泳ぐことが最短距離であり最速で泳ぐことにつながる。
しかしOWSでは、流されることを予測し、あらかじめ泳ぐ方向を修正する必要がある。
先のブイばかりを見て泳いでいると、ブイには向かっているつもりでも、自分が流されていることに気付くのが遅れてしまう。
私も一瞬、「自分だけがインコースを泳ぎすぎているのではないか」と感じた。
そこで一度背泳ぎになり、通過した第1ブイと目指す第2ブイを結んだ延長線上に自分がいるかを確認した。
結果は、ほぼ直線上だった。
この確認によって、自分のコース取りは間違っておらず、他の選手が流れの影響を受けて左へ流されていることを確信できた。
OWSでは、前方確認だけでなく、自分がコース上のどこを泳いでいるのかを客観的に確認することも重要な技術だと感じた。
しかし、このレースで学んだことはもう一つある。
コース取りは私の方が正しかった。
それでも、学生選手は高い巡航速度で追い上げ、ブイ付近では再び同じ位置まで戻ってきた。
OWSはコース取りだけで勝てる競技ではない。
正確なコース取りと巡航力、その両方が揃って初めて順位につながることを、このレースであらためて実感した。

トップ集団では何が起きていたのか
私が第2集団でレースを進めていたため、トップ集団で何が起きていたのかは分からなかった。
レース後、日本選手権出場権を獲得したTさんとレースを振り返ることで、その展開を知ることができた。
最も印象に残ったのは、第1ブイを回った後だった。
私は「このペースでは5km持たない」と判断し、第1集団を見送った。
しかし、Tさんによると、第1集団は形成された後、しばらくして巡航ペースまで落ち着いたという。
もちろん、その巡航ペースでも私より速い。
それでも、「あと100mだけ粘っていたら」「第2ブイまで残れていたら」と考えると、今回の判断は次のレースで検証すべき課題になった。
さらに驚いたのは、ラスト1周のレース展開だった。
Tさんはラスト1周から4ビートキックへ切り替え、第3ブイをまわった最後の約150mは6ビートで勝負したという。
5kmという長距離でも、最後まで同じ泳ぎを続けるわけではない。
巡航力を維持しながら、勝負どころでギアを切り替えられる力が求められていた。
これまで私は巡航力を最優先に練習してきた。
一般カテゴリーであれば、その考え方で十分に戦える。
しかし、日本選手権トライアルは違った。
巡航力だけで最後まで泳ぐ競技ではない。
巡航力を土台としながら、レース展開に応じてギアを切り替え、勝負どころで加速できる選手が前へ出る。
その違いを、Tさんのレースから学ぶことができた。

日本選手権出場レベルとの違い


レース後、Tさんと自分のラップタイムを比較した。
結果は想像以上だった。
1周ごとに約1分50秒の差がつき、100mに換算すると約10秒以上の差になる。
数字だけを見ると、とても追いつける差には思えなかった。
もちろん、体格の違いはある。Tさんは私より一回り大きく、ひとかきの推進力も明らかに強い。同じテンポで泳いでいても、一かきで進む距離が違うことをレース中にも感じていた。
しかし、差はそれだけではない。
第1集団に残る判断力、ドラフティングを生かす位置取り、巡航ペースを維持する能力、そしてラスト1周で4ビート、最後の150mで6ビートへ切り替える力。そのすべてが積み重なり、最終的に約8分の差になった。
今回のレースで分かったことは、巡航力だけを高めても、その差は埋まらないということだった。
一般カテゴリーで戦うのであれば、巡航力は大きな武器になる。しかし、日本選手権トライアルでは、その巡航力を土台として、より高い強度でも泳ぎ続けられる能力が必要になる。
レース後、Tさんからは「フィンやパドルを使い、高い負荷の中で速く泳ぐ練習も必要だ」とアドバイスをいただいた。
私はこれまでLT1を中心に巡航力を積み上げてきた。その考え方は間違っていなかったと思う。
しかし、今回見えた課題は、その土台の上にLT2やVO2max領域の能力を積み重ね、日本選手権出場レベルの巡航力へ引き上げることだった。
差を見て諦めることは簡単だ。
しかし、レースを分析すれば、「何が違うのか」が見えてくる。そして、「何を積み上げれば近づけるのか」も見えてくる。
中海OWSは、私にその課題を明確に示してくれたレースだった。
中海OWSで見つけた次の課題
中海OWSでは、目標としていたオーシャンズカップ出場権を獲得することができた。
しかし、それ以上に大きな収穫は、日本選手権出場レベルとの差を具体的に知ることができたことだった。
昨年秋から一時期、Tさんと一緒に練習する機会があった。そのたびに力の差を感じ、精神的につらくなることもあった。
だからこそ、今回「また一緒に練習しましょう」と声をかけていただけたことは、とても大きな意味があった。
以前なら、差を見せつけられるだけだと感じていたかもしれない。
しかし今は違う。
目標となる選手と一緒に練習できることは、自分の現在地を知り、次に積み上げるべき課題を確認できる貴重な時間だと思っている。
中海OWSでは、レース展開、集団戦略、そして日本選手権出場レベルとの差という、多くの課題を見つけることができた。
あとは、その課題を一つずつ練習で積み上げていくだけだ。
日本選手権への挑戦は、まだ始まったばかりである。
